ダメシ添加大戦

死にたみマックス! アザラ死ちゃん!/元夫マルセイと暮らすバツイチ日記

No.1501 ちはやふる 上の句 下の句(ネタばれあり)

うちの外で工事をやっていた。
「いまははるべと さくやこのぉはなー」
ドガガガガガガガガガガガガ

なんつータイミングの悪さ!!(;´Д`) なかなかきつい環境での視聴となりました。
上の句
映画『ちはやふる』公式サイト
下の句
映画『ちはやふる』公式サイト

えーっと、ちはや、新、太一という3人が小学生のとき一緒にカルタをしていて、その後ばらばらになったけど、高校でカルタを縁にまた出会い、切磋琢磨していく青春ラブストーリーなのかな?

原作と一番違うのはキャラクターの雰囲気だなぁ。どのキャラも「ちょっとイメージと違う」感じでした。逆に、漫画と映画では表現方法が違うから雰囲気変わるのも当然と思って割り切ってみれば気にならないかも。
真島太一役の子の演技が下手に感じてちょっと辛かった。ちはやも原作だともっとすらっとした感じの印象だったので違和感あり。
青春 言葉の美学 芸術 - ユーザーレビュー - ちはやふる -上の句- - 作品 - Yahoo!映画
コチラの感想のように机君とめがね君がごっちゃになってる人も多いかも。

映画と言う尺の問題からか、ちはやとお姉さんの関わりとかはばっさりカット。ちはや、新、太一のカルタを支える一番楽しかったカルタの日々(小学生時代)も割りとばっさりカット。太一の彼女とかお母さんもカット。
シンプルに太一がちはやを想い、高校も一緒にした的な展開になっていました。そのわりには最初避けてるんだけどw

屋上の扉が一方にしかドアノブがなくて、閉められると屋上から出られなくなる、という場面があったのだけど、そんな扉学校に作るか!?(というか学校の屋上に行けたことない。雪国だから?)とちょっと無理を感じたw 助けてもらっても礼もいわなかった気がする。

ちはやが「一人にさせちゃ駄目なんだ」みたいなこといってて、そこはなんか引っかかった。一人の方がいいこともあるからケースバイケースだろー的な。

なんか確か原作の最初の方ってイヤホン普通に使ってたよね? ちはや。耳が大事とかそういう話になってきてヘッドフォンに変えられたっぽい? 元からヘッドフォンだったっけ?

高校生になって新と再会するシーンは危ないと判断されたのか自転車で転んだ新たに突っ込んでいく感じに変えられていた(原作は走ってる自転車に突っ込んでいったはず)。
おじいちゃんが亡くなったシーンは原作で「大人不在かよ!」って感じたのが新の母親の登場で少し緩和されていた。
自分がカルタに現抜かしたせいでじいさんが死んだからカルタやめる、は高校生には重過ぎるよね。(そういう人も居るだろうけど)
大好きなカルタと大好きな祖父が結びついていて、祖父を失ってモチベーションを失う、くらいの展開になったのかな? 原作の環境は高校生にはきつすぎる感じ。

太一はなんというか、原作で「イジメをどこまで許容できるか」的な物差しにされがちなキャラだったなぁ、とか。イジメ駄目絶対原理主義的には幸せになるべきではないキャラなのでしょう。原作の太一は結構不憫。でも、作者のお気に入りキャラっぽいので不幸にはならないだろうw
映画のほうではイジメの描写が削られ、メガネを隠したエピソードは残されており、そこは忘れてやれよ、ちはやwww と言うタイミングで思い出話をされてしまうし、新の「卑怯もんやのぉ」的な発言も刺さる。神様に見放されても攻めるんだ。がんばれ太一(涙)*1

後は詩暢ちゃんがよかったよ。
原作とは雰囲気違うんだけど、詩暢ちゃんだなーって感じだったw
須藤先輩も独特のオーラが有ったなぁ。ヒョロ君込みで良かった。

原作と違って新がちゃんと家族と生活してる感じしてるのに対してちはやや太一の家族関係がばっさりカットされてて「部活モノ」って感じになってた。
数十年後にこういうの見ても楽しいと感じるのだろうか? あの頃はブラック部活賞賛文化でしたよねとか批判されちゃうのだろうかw

完結編もあるそう。

*1:原作では守りがるたらしいw