ダメシ添加大戦

死にたみマックス! アザラ死ちゃん!/元夫マルセイと暮らすバツイチ日記

No.1445 ラ・マンチャの女

elve.hateblo.jp
おそらく私はドン・キホーテ的な女の物語を求めていたのかな。
フランスにスペイン求めてもそれは無理だろうw

と言いつつ、「ラ・マンチャの男」も「ドン・キホーテ」も読んだ記憶はないのだ。

私にとってドン・キホーテと言えば父なんである。彼は母を姫と思い込み世の中に立ち向かってしまう人なのだった。結果、何人か殴って出世街道を外れ早期退職した。
酔った父が「ラ・マンチャの男」と名乗りを上げているところを記憶しているので、結構根の深い要求かもしれないw

現実に適応できていないのに(自分にとっての)正義ばかりを言う、というような状況に惹かれる。それは今の兄の状態でもある。
私の状態でもある。

サンチョのような伴奏者を従えて嘲笑も「楽しんでいる」とものともしないで歌い続ける歌姫が見たかった。
ピカソだったかミロだったか、写実的に描ける人たちが、わざと抽象画を描いて、もっと子供のように描かなくてはみたいなことを言っていたと何かで読んだ。
マルグリットの歌は「子供のような歌」そのものだったのではないか。
マルグリットは倒れる前にほんのちょっとの間、とてもうまく歌を歌う。女優さんが音痴じゃないことを証明したかったのかもしれないけどいらない演出だ。彼女の歌は「そう」じゃないだろ。

好きな歌を好きなように歌う。圧倒的な正義だと思う。「上手」「下手」に何の意味があるのだろうか。
「芸術」と「狂気」のはざまの「美」が見たい。そこに儚さや哀れみがあってもいいけど「夫に相手にされない哀れな女」なんかじゃなくてさ。もっとこう、大きい感じがいい。
もちろん手抜きはしないで全力で。歌も衣装も本気で。
パッケージをフォトショで直したり、音程を調整するのも努力かもしれないけどねwww

風車に向かう女が必要だ。
その女に私は石を投げ、嘲笑するのだろう。私はつまらない女だからな。

でも、こういう人がかなり前に実在したという情報はなんだかとても嬉しくも感じた。
風車に向かい、愛され、今も声が聞けるんである。
彼女の大きな大きな夢を実現するストーリーを、夫に構ってもらえなくて気を引くために歌い、現実の自分の声に耐えられなくて気絶するような小さな女のストーリーにした事がやはり許せない。
彼女に対する冒瀆だわっとか思ってしまうのだ。実際の彼女は気にしなさそうだけどもw

elve、6億当たったらユーチューバーになるぅ(単純